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夏休みと山の記憶

今年も暑すぎる夏でしたが、清らかさを求めて、山や川でたっぷり遊びを満喫。

自然の中に身を置くと、気持ちがすっと軽くなっていく気がします。

夏休の終わりには神河町・広峰高原で、満天の星空を見上げました。
手を伸ばせば届きそうなほどの星の数に、息子も思わず歓声をあげていました。
自然遊びには、ついつい夢中になってしまう“中毒性のある楽しさ”がありますね。

一方で、自然の恵みの陰には、切ない現実もあります。
人を襲う熊のニュースや、畑を荒らす猿の被害。
私たちはつい「怖い存在」「迷惑な存在」として正義を振りかざしがちですが、

神河町で暮らす方にこんなお話を伺いました。

「昔はね、山が豊かだったから、熊も猿も里に降りてくることはなかったんよ。
でも昭和の頃、みんな“子や孫の未来のために”って、本来の木を伐採して杉を植えたんや。
その結果、山は変わり、動物は居場所をなくし、土砂崩れなどの災害も増えてしまった。」

未来を思って一生懸命に植えた杉が、巡り巡って今の課題を生んでいる。
そう思うと、とても切ない気持ちになります。

そのお話を伺って、胸の奥にずっと残るものがありました。

「未来のために」と一生懸命に杉を植えた方々の想い。
それが巡り巡って、今の課題につながっているという事実。
なんだか切ない気持ちになると同時に、強い問いかけをもらった気がしたのです。

そしてふと考えました。
今度は、私たちの子どもや孫たちが、この土地で生きていくのだと。
そう思うと、「願う」だけではなく「行動しよう」と気持ちが変わっていきました。

まだ具体的にできていることは何もありません。
でも、伐採されずに残っている杉を無駄にせず、新しい価値を見つけて生かすこと。
そしていつか、この山が少しずつ元の姿を取り戻していくこと。

それは夢ではなく、私が信じたい未来になりました。

姫路瓢亭 ふくべ

女将 白倉 夏須美